『ブラックボックス』

作 市田ゆたか様



【Ver 1.0】

残されたボディも着実に改造が進んでいた。
頭蓋骨は金属のフレームに置き換えられ、眼球の奥底には高感度カメラ、耳の中には鼓膜の代わりにマイクが取り付けられた。
切り取られた首の切断面をかこんで金属のリングが取り付けられ、フレームと接合された。
フレームの中には、ブラックボックスの入る空間を残して電子回路を搭載したマザーボードが何枚も組みつけられ、そこからのケーブルが首にむかって何本も通された。
マザーボードにはそれ自身で通常のロボットをコントロールするには十分すぎる性能のCPUとメモリーが搭載されていた。
はがされた顔面には裏面に強化プラスティックが張られ、頭部のフレームに固定するための金具が取り付けられた。
頭皮も同様に硬質プラスティックで強化され、毛髪にも樹脂をしみこませてファイバー化する処理が行われた。そしてメイドの象徴である髪飾りがセットされ、レーザーによって頭皮のプラスチックを溶かして接着された。

胴体からは首筋を除いて表皮は全て取り除かれた。腹部と胸部は四角く切り取られ、標本のようになった内臓は全て取り出された。腹部の下半分にはバッテリーパックがセットされ、上半分には引き出しが取り付けられた。胸部には取り去られた乳房の代わりに金属製のフレームが組み上げられた。
「もったいないなぁ」
作業員の一人が言った。
「仕方ないだろ、そういう指示なんだから」
「この乳房とか性器を全部捨てるなんて…」
「おい馬鹿なことを考えてるんじゃないよな。チーフに知れたら大変だぞ」
校長はここではチーフとよばれているようだった。

首の部分には頭部側と同様に金属製のリングが取り付けられた。
胸の谷間はなくなり、全体が乳房の高さまでかさ上げされた後に、観音開きの扉が取り付けられた。
背中には薄型の温水器がセットされ、喉からは給水用のパイプが、右腕に向かっては給湯用のパイプが取り付けられた。

「そろそろですね」
細身の男が作業員に声をかけた。
「お待たせしました。腕の加工をお願いします」
「ええ、わかっています。私が設計した部分ですから、おいしい紅茶を淹れるために念入りに作業させてもらいますよ」

腕の加工は精緻を極めた。
男の手さばきは、今までの作業員とは桁違いの上手さだった。
右腕は詳細に分解され、給湯用パイプを中心に組みなおされた。
右手には手の形を損なわないように高度な技術でティースプーンを収納する機構と給湯口が組み込まれた。
左腕にはどのような体勢でも手の持った盆の水平を保つバランス機構が組み入れられ、左手は盆を落とすことがないようにロック機構が備え付けられた。
そして、それらの機構を損なわないように各関節に小型モータが組み込まれた。

「終わりました。では、私はこれで」
「すばらしい技術ですね」
「いや、私などまだまだです。もっと腕のいい技術者もいますが、口が軽いのでここには同行させていません。ナノマシンも使わずにここまでの事ができる《ファクトリー》の技術もなかなかのものですよ」
「ナノマシンというと、あなたはもしかして…」
「私の素性は明かさないというのが契約です。それでは成功をお祈りします」

男が去った後、作業員たちは引き続いて足の加工に取り掛かった。
両足には、駆動用のモータを組み込まれた後、膝下まである白いソックスと、低いヒールの黒い靴が履かされた。
膝から下が溶剤に浸されて、解けた表皮と靴下、そして靴が融着して一体になった。
薄くコーティングされた靴はエナメルのように黒光りし、靴下は一見すると高級な絹地のように見えた。

手首と足首からは充電用の端子が引き出され、それをカバーするように金属のリングが取り付けられた。



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